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福井県 南越前町河野 北前船主の館

〒915-1111 福井県南条郡南越前町河野2-15

北前船主の館右近家 TEL 0778-48-2196

日本海五大船主、栄華を極めた右近家の屋敷と歴史的資料を公開

 

 水主が擢を漕いだ北国船から、櫓を使う羽賀瀬船、風力を利用した弁才船へと成長を遂げた右近家。その後、北前船が衰退する中、蒸気船を導入し海運の近代化を進めると共に、海上保険業にも進出。事業の転換を計っていきました。越前海岸、国道305号線沿いにある右近家の邸宅は現住、北前船歴史資料館として一般公開しています。

北前船主の館 西洋館の画像

 江戸時代から明治時代にかけ、日本海の海運で活躍した北前船に関連する11自治体が、文化庁に申請していた「荒波を越えた男たちの夢を紡いだ異空間、北前船寄港地・船主集落」が、平成29年4月28日、日本遺産に認定されました。

北前船主の館は、見所満載の超お勧め歴史建造物です

開館時間 AM9:00〜PM4:00 休館日 毎週水曜日 遠方からのお客様は必ず予約して下さい
入場料金 大人(一般・大学・高校) 500円 子供300円

北前船主の館 右近家

 右近家は、十一代の先代まで代々権左衛門を名乗り、江戸中期から明治中期にかけて大阪と蝦夷地(北海道)を結んで活躍隆盛を極めた北前船主で、幕末には日本海5大船主の一人に数えられました。 最盛期には三十数隻の廻船を所有し、日清、日露の戦役には数隻を軍用に供しています。
  隆盛を極めた北前船も明治20年代に入ると次第に衰えを見せ始めましたが、右近家ではいち早く時勢を察し蒸気船を導入して近代船主への脱皮に成功しました。  さらに海運業を続ける一方で最も関係の深い海上保険業への進出をはかり、他の北前船主等と共に明治29年「日本海上保険株式会社」を創立しました。その後、昭和19年に至り、大東亜戦争下企業合同の政府の方針に従って、「日本火災保険株式会社」と対等合併して、「日本火災海上保険株式会社」となり、 平成13年には興亜火災海上保険株式会社と合併して「日本興亜損害保険株式会社」を経て、「損保ジャパン日本興亜株式会社」となり現在に至っています。
  また郷土の発展にも代々意を尽くし、明治の初めには私財を投入して、河野・武生間の春日野新道開削や河野敦賀海陸運輸株式会社の設立、昭和に入っては宮の谷水道の建設をし、戦後はこれを河野区と共用するなど郷土の発展に寄与しました。 
(河野歴史資料館の資料より)

右近権左衛門家の西洋館

 右近権左衛門は明治以降、経済活動の拠点を大阪に移し、右近商事や日本海上保険株式会社を経営した。日常生活の場も上方に置き、昭和10年(1935年)には芦屋(兵庫県)に西洋館を建設した。この西洋館には様々な建設資材や庭木、庭石などが大がかりに使われた。また船来の家具や電気スタンド、ガラスの花瓶など洋館にふさわしい調度品も多数存在していたことがわかる。西洋館建設と同時期には、藤島武二、鹿子木孟郎などの油絵も数多く購入されたことが史料から判明し西洋館を飾ったことが推定される。購入したものの中には吉田博による河野浦の風景を描いた油絵もある。芦屋にある右近邸は阪神淡路大震災後に取り壊されたが、河野浦の西洋館が芦屋の西洋館とほぼ同時期の建設であり当時の面影を知ることが出来る。河野浦の西洋館は、平成20年(2008年)国の登録有形文化財に選定された。 (河野歴史資料館の資料より)

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