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丸岡町 丸岡城/日本一短い手紙の館

〒910-0292 福井県坂井市丸岡町霞町1−59

霞ヶ城公園事務所 TEL 0776-66-0303

一筆啓上で全国にも名が知られる丸岡町の紹介。

 

 丸岡町のシンボル、丸岡城は、1576年、柴田勝家の甥、柴田勝豊が築城した平山城で、現存する天守閣では日本最古のものです。外観は上層望楼を形成して通し柱がなく、一層は二階三階を支える支台をなし、屋根は二重で内部は三階になっています。また屋根が全部石瓦で葺かれているなど古調に富んだ建築で、城郭建築の初期のものであることがうかがえます。丸岡城は桜の名所としても有名で、春は多くの花見客で賑わいます。

丸岡城の様子 丸岡城と桜まつり

丸岡城入城のご案内
入場料金 大人450円 小中学生150円 ※一筆啓上手紙の館共通入場券
開館時間 8時30分から5時まで
霞ヶ城公園事務所 TEL 0776-66-0303

一筆啓上 日本一短い手紙の館
入場料金 大人200円 小中学生100円 開館時間 9時から5時まで
日本一短い手紙の館 〒910-0231 福井県坂井市丸岡町霞町3-10-1
TEL 0776-67-5100 FAX 0776-67-4747

丸岡

丸岡

丸岡

日本一短い手紙の館

日本一短い手紙の館

称念寺と明智光秀

歴史が甦る最古の天守閣

 現存する天守閣の中では日本最古を誇る丸岡城。その歴史は天正4年(1576)に溯る。当時、越前の国の守護職であった柴田勝家の甥、柴田勝豊は西方院跡に豊原城を構えていたが、豊原城から丸岡に移り、丸岡城を築城したわけである。勝豊以後、安井家清、青山修理亮、今村盛次、本多成重以下四代、有馬清純以下八代の居城を経て明治維新を迎え、その後、明治三十四年に丸岡町所有となった。昭和九年に国宝に指定されたが、福井大震災(昭和二十三年)で倒壊。昭和二十五年重要文化財に指定された後、昭和三十年に修復再建されている。天守閣はその当時のままの状態で保存されており屋根は二重、内部は三層と古調に富んだ望楼式天守閣は、後の時代に建った松本城、姫路城などの層塔式天守閣と比較すると、城郭建築の初期のものであり、建築学上貴重なものである。また、屋根の瓦が全て石(笏谷石・しゃくだにいし)で造られているのは、全国でも珍しい特徴のひとつだ。

伝説 「人柱 お静」

 柴田勝家の甥、柴田勝豊が天正4年(1576)に丸岡に築城の際、天守閣の石垣が何度積んでも崩れるので、人柱を入れるように進言するものがあった。そしてその人柱に選ばれたのが、二人の子をかかえて苦しい暮しをしていた片目のお静であった。お静は、一人の子を侍に取りたててもらうことを約束に人柱になることを決意し、天守閣の中柱の下に埋められた。それからほどなくして天守閣は立派に完成した。しかるに勝豊は他に移封し、お静の子は侍にしてもらえなかった。お静の霊はこれを恨んで、毎年、年に一度の藻刈りをやる卯月の頃になると、春雨で堀には水があふれ、人々は“お静の涙雨”と呼び、小さな墓を建て霊をなぐさめた。
「堀の藻刈りに降るこの雨は、いとしお静の血の涙」という俗謡が伝えられている。

一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ

 手紙のお手本として知られる「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」は、徳川家康の家臣、本多作左衛門重次が、陣中から妻に宛てて送った手紙として有名です。文中に出てくる「お仙」とは、初代丸岡藩主、本多成重(幼名.仙千代)のことであることから、この手紙をモチーフに、日本一短い手紙一筆啓上賞が、丸岡町に誕生しました。日本で最も古い天守閣をもつ丸岡城にも、この最も短い手紙文を刻んだ碑が立っています。

丸岡古城まつり

 毎年10月に丸岡城周辺で開催される丸岡古城まつり。坂井市内の各種企業や団体のチームを中心に市民総参加のもと、豊かなまちづくり、市民の融和と親睦を図ることを目的に、盛大に開催されるお祭りです。

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