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福井県 永平寺町 永平寺

〒910-1228 福井県吉田郡永平寺町志比5−15

永平寺総受所 TEL 0776−63−3102

悠久の歴史に刻まれた町、永平寺町と永平寺の紹介。

 

 永平寺町は江戸時代から市が開かれ、山の幸と里の幸の交流の場として栄え、勝山街道の東西交通の宿場町としても発展しました。現在は永平寺がある町として全国から注目されています。永平寺は、寛元2年(1244年)道元禅師によって創建された曹洞宗の大本山で、33万uに及ぶ老杉の並ぶ山深い谷あいに、山門、仏殿、法堂など七堂迦藍があり、日本の禅修行僧の最高峰として歴史を刻んできました。今も約200名の雲水たちによって750年前に定められた厳しい作法に従って、禅の修行が営まれています。

永平寺の画像 永平寺の紅葉

鮎料理専門の食事処 

御料理ふ志多(松岡町)永平寺から車で20分

永平寺周辺の宿

料理民宿 ふくざわ(丸岡町)永平寺から車で20分

永平寺の外拝観

永平寺では、「高祖大師報恩授戒会」修行などが開催される期間、一般の方の参拝は山門までの外拝観となる場合があります。日頃は観れない山門の外からの眺めや唐門の奥を見学することが出来ます。

永平寺の新しい門前

旧参道の再生と旧参道沿いを流れる永平寺川の改修などにより永平寺の門前が再構築されました。お土産屋が並ぶ現在の門前は昭和5年頃に造られたもので、今回整備された新しい門前は、元々、門前の通りがあった場所です。新しい門前に永平寺が整備した宿泊施設、柏樹関では禅コンシェルジュがサポートする坐禅体験や好きな時間に写経体験が出来るなど、禅に親しむ宿としての禅体験のラインナップが用意されています。

波多野義重公と永平寺

鎌倉時代の御家人であった波多野義重公は、承久の乱(日本史上初の朝廷と武家政権の間で起きた武力による争いで、朝廷側の敗北で後鳥羽上皇は隠岐に配流され、以後、鎌倉幕府は、朝廷の権力を制限する)の戦功により、志比庄の地頭となり、越前波多野氏の祖となりました。義重公は、京都で六波羅探題評定衆(京都で朝廷を監視する)を勤める中、道元禅師と親交を深め、1243年に志比庄に道元禅師を招き、禅道場を建立しました。当初、義重は道元を吉峰寺へ招きましたが、現在の永平寺より奥まった山中(旧上志比村)にあったため、翌寛元2年(1244年)に吉峰寺よりも里に近い現在の場所に傘松峰大佛寺(さんしょうほうだいぶつじ)を建立しました。これが永平寺の開創であり、寛元4年(1246年)に山号寺号を吉祥山永平寺と改めています。

永平寺の大燈籠流し

毎年8月最後の日曜日に行われる永平寺町のイベントが永平寺大燈籠流しです。曹洞宗大本山永平寺の役寮、雲衲衆約120名による大施食法要が営まれた後、先人たちへの「愛と感謝」、供養の想いを込めた約1万個の燈籠が九頭竜川の河川に流され、川面に幻想的な光の帯をつくります。その規模は河川で行われる燈籠流しとしては日本一。クライマックスには色とりどりの打ち上げ花火が夜空を染め、光のパレードは 最高潮に達します。また、地元商工会によるゴムボート川下り体験や飲食コーナー、コンサートなどいろいろなイベントも行われます。

燈籠流し

燈籠流し

燈籠流し

永平寺灯篭流し

永平寺灯篭流し

永平寺灯篭流し

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